これまでの私の理解を文字の上で図式化すれば
・資本主義(右のイメージでは強い軍事力)→自由主義※格差
・全体主義(左)→平等主義(しかし、歴史的失敗)
⭐︎両者とも国家を前提とする人間の存在。ただし、資本主義と国家の前提に論理的必然性はない(軍事力がイメージされた場合、国家を前提とした思索の要請は強まる。一方で多国籍企業の活動実態は国家の枠を超える(『帝国』ネグリ・ハート共著))。
因みに、近代の社会思想家は、人間の考察を、国家を前提に開始してはいません。有名なところでは『万人の万人に対する闘争状態』と述べたトマス・ホッブスのリバァイアサン。ここでは国家以前の人間の考察からはじめています。
ジョン・ロックの『自然状態』、ルソーの社会契約説の冒頭も似ています。
次回に続きますm(_ _)m

野田・斉藤両代表とかめだ候補

昔、私が勤めた大牟田市役所前


